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| キーファーは「読む」作家。 "Monumenta 2007 Anselm Kiefer - Chute d'etoile" |
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| グランパレの空間を著名な美術作家1人に提供し、自由に使ってもらう企画が今年から始まった。その第一弾がアンセルム・キーファー(1945-)だ。 会場にあるのは、7つの「館」と、廃墟のような彫刻3点。各「館」に題名が付いていて、それぞれ独立した作品とみなすことができる。 勝手に想像を膨らませて見歩いたが、見終わって、作品の中に入り込めないもどかしさが残った。例えば、セリーヌの小説「夜の果てヘの旅」を題名にした絵画には、ドイツ語、ギリシャ語、数字が出てくる。読めてなるほどと思う部分もあったが、数字の意味がわからない。消化不良を起こしそうになって、次の作品に移る。 キーファーは、「私が作品で言いたいことを理解しようとしてはいけない。自分の思考回路で見るべきだ。作家は、自分が思ってもみなかったものを誰かが見たときに満足する」と言うが、そこに大きな矛盾がある。 キーファーはたいへんな読書家で、ユダヤの神秘主義であるカバラや、錬金術、北欧神話などが作品に散りばめられている。ドイツ語圏の二人の詩人からインスピレーションを得た作品もある。キーファーと同じだけの教養のない人が予備知識なしに作品を見ると、頭の中が疑問だらけになる。 展覧会にしては珍しく無料のヘッドフォンがあり、監視員でなく会場アシスタントが異常に多いのは、観客の疑問に答えるためなのだ。 こうして、キーファーの意図を裏切って、観客は作家の思いをなぞって見ていくことになる。 文学的で哲学的なキーファーは、「見る」作家ではなく、「読む」作家なのである。それは、外国文学を読むとき、文化的背景に通じていないと理解できない部分があるのと似ている。キーファーの思考回路は西欧の知識人のものであって、そこに、作品が西欧の枠から出られない限界がある。 一番入り込めた作品は、「Nobelland 霧の国」と題された絵だ。瓦礫か枯葉の山の下に人が一人横たわっている。その上に、美味そうな鶏の丸焼きに似た陶製の心臓が吊り下がっている。見ているうちに感情移入し、自分が枯葉の下の人になって、平穏な死を気持ちよく味わっていた。(羽) |
"Nobelland"![]()
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| G A L E R I E guislain | |||
| サンジェルマン・デプレのど真ん中、観光客や画商が憩うカフェのテラスの斜め前という絶好地にある、現代美術の画廊だ。 コンピューター会社のオーナーだったフレデリック・ギスラン氏は、40歳で会社を売却し、1998年末にこの画廊を開いた。最初に展示したのは、以前から収集していた、戦後のフランス抽象絵画だった。コレクターが開いた画廊という点では、〈Les Yeux Fertiles〉(オヴニー554号)に似ている。 好みは次第に広がり、今では写真や彫刻も扱う。「作家の人柄も大切。良い作品を作っても性格が悪い作家とは一緒にやりたくない」。コレクター出身だけあって、作品第一、商業的に売れることは二の次だという。 「あらゆる創造には3種の〈i〉がつきもの。inventeur(発明者)、imitateur(模倣者)、idiot(馬鹿)。3番目を避けて、いつも最初の〈i〉でいるように心がけていますよ」 現在開催中の松谷武判の個展は、今月のおすすめの一つ。幽玄でありながら力強い漆黒の世界。西洋が、日本のアイデンティティの中で見事にこなされている。7月14日迄。(羽) |
![]() 35 rue Guenegaud 6e 01.5310.1575 |
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