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Quartier まちの風景
潮風に誘われて冬の海サンマロへ。
サンマロは海賊の町だった。
モンパルナス駅からTGVで直通、サンマロはブルターニュ半島の付け根の町、1泊の旅にはぴったりだ。どこか優しく響く名のわりには、観光案内所のパンフにも〈Saint-Malo:Cite Corsaire サンマロ—海賊の町〉とある。今時海賊?とも思うが、対岸のイギリスまで載った大きな地図を広げ、少し引いてみると、この町が英仏海峡から大西洋への出口をおさえる要衝だったことがよく分かる。
小回りのきく海賊船は、スペインやオランダやイギリスの大型船を襲い商品や財宝を略奪した。王も、普通なら縛り首の刑で厳しく取り締まっていた海賊行為をサンマロの住民には公認した。この町は、大西洋を渡りアメリカ大陸やアジアをめざす冒険家も生んだ。コロンブスの初航海の前年、1491年に生まれ、カナダを「発見」したジャック・カルチエもそのひとり。郊外に残る彼が晩年を暮らした館は、案外質素な生活を偲ばせてくれるA。海に生き「新世界」を目指す冒険家、「海賊」にはそんな意味がこめられているのだろう。
19世紀前半、ロマン主義の先がけとなった作家シャトーブリアンも1768年サンマロに生まれた。旧市街の城門入ってすぐ右の、瀟洒な白いホテル〈France et Chateaubriand〉玄関脇の建物がその生家だ。彼は殺伐とした革命をのがれてアメリカにわたり、インディアンたちの生活をつぶさに記録してもいる。死後、本人の遺志で、干潮の間浅瀬でつながるグラン・ベ島の崖の上に埋葬されているのも、いかにもロマン主義の作家らしい。ただ高級フィレステーキ、シャトーブリアンの名付け親だというのがちょっと意外。
旧市街をぐるりと囲む城壁や浅瀬でつながる岩の小島をおおう石の砦は、この町の歴史を象徴している。歴史博物館には近代漁業の発達でブルターニュ半島がカナダの豊かな漁場への基地となったことも示されている。町には海にちなむ素敵なオブジェを取り揃えた店もあって飽きない。一日歩いてすいたお腹は、城壁外の街のレストランで出会った、シャトーブリアンならぬ、何と昆布の隠し味で新鮮な魚介がふんだんの最新のヌーベルキュイジーヌで満たされた。翌日の昼は、スタンダードだがおいしい魚介を楽しませてくれる城壁下のレストラン、カキと舌平目で海に生きてきた町への旅をしめくくる。(公)
浅瀬への出口の城門には、「潮が満ちて帰れない場合は次の干潮まで待ってなさい」
という掲示がある。助けに来てはくれません。
〈Les Corbieres〉ではsaint-pierre(マトウダイ)が美味だった。
〈Les Remparts〉
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表紙
サンマロは海賊の町だった。
タラソテラピーで海の恵みを肌で感じた。
土曜は魚に優しい水族館、日曜はカンカルでカキ。
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