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Pierre Josse
世界を旅する写真家。
 「急がなきゃ。この風景はあっというまになくなってしまう…」はピエールの口癖だ。バックパッカーのマークでおなじみ、フランスとベルギーで売られているガイドブック"routard"。その編集長である彼と出会ったのは6区のとあるビストロ。「細い路地裏には、ゾラの描いた19世紀の労働者たちの暮らしがそのまま広がっていて、僕はいつもぞくっとしちゃうんだ。当時の人々が生きた時代の空気は、パリのそこかしこにまだ残っているんだ、幸いにね!」
ペンと小さなノートを欠かさない。
 彼がとりわけ好きなSaint Blaise通り(20区)を一緒に歩いた。「よく見てごらん。ここがパリだって忘れちゃうだろう?」。バイクはもとより車の往来はまったくない。一戸建ての家々が肩を並べ、愛らしい小さな庭を花々が飾っている。教会の鐘が静かに夕べを告げるころ、街灯がともりはじめる。
 彼が幼少期を過ごした1950年代は、フランスの植民地だったアフリカ諸国が次々と独立。ヨーロッパからの出稼ぎ労働者の移住期も重なり、パリには多くの人種があふれた。人口の増加に伴い家賃は高騰。住民はより低家賃の郊外へ移り住んだ。古きカフェやビストロも2003年には1980年の半分、1万4000軒にまで減少した。なくなりつつあるパリの町並みへの危機感が、ピエールを今日も奮い立たせている。
 そんな彼が長年夢みているのが京都。「小津安二郎が描いた世界、古い町家の続く家並みは健在なのかな? マンションに建て替わっていると聞いたけれど…。京都の町並みもパリのように急がないと、あっというまに変わってしまうかもしれないね」。大きな体を揺らし今日も彼は世界を歩く。(恵)

「なくなってから悲しんでも遅いんだ。
まわりの消えゆく風景に、今、気がついてほしい」
●Bistrot Le Piston Pelican
 たくさん歩くピエールがいつも乾いた喉を潤すのがこのカフェ。11区にアトリエを持つ鍛治職人Martin Mealletが作った錫製のカウンターが魅力だ。夕方を過ぎると、仕事を終えた男たちが集まりだす。ビールの泡を口ひげにつけながら談笑する男たちは、慌ただしく時間が過ぎる都会の一角を陽気な笑い声で包んできた。「人懐っこいパトロンとあれこれ話すとほっとするよね」(恵)


15 rue de Bagnolet 20e 01.4370.3500
M。 Alexandre Dumas 無休(午前2時まで)

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